ローマ軍の要塞、英国のバスステーションの下で発掘
考古学的発見
考古学者はイングランド・エクセターのバスステーションの地下で、ローマ時代のイギリス占領に遡るローマ要塞の遺構を発見しました。この要塞は再開発に先立ち実施された調査の際に見つかりました。
ローマ要塞の特徴
この要塞は、より大規模な軍事拠点イッカ・ドゥムノリウムの衛星施設であった可能性が高く、3つの防御用掘壕、硬貨、陶器、そして輸入されたサミアン陶器が出土しています。掘壕はローマ軍の施設で見られる典型的な形状で、そのうちの1つは攻撃者を阻止するための「足首ブレーカー」穴を備えています。
発見の意義
この要塞の発見は、エクセターとその周辺地域におけるローマ占領の新たな洞察を提供する点で重要です。エクセター大学の景観考古学者スティーブン・リップポンは、この発見を「完全な驚き」と表現し、要塞の存在を示す前例はなかったと指摘しています。
エクセターのローマ史
要塞の発見は、エクセターがローマのブリテン征服と支配において重要な役割を果たしたという証拠が増えていることを示しています。これまでの発掘では、古代要塞や浴場、規模や重要性の異なる複数の要塞が確認されています。
エクセターに残るローマの遺産
ローマ人がイッカ・ドゥムノリウムとその周辺の小規模要塞を紀元後75年頃に去った後、エクセターは地域の首都となり、民間の町へと変貌しました。その後数十年で公共浴場や防御用石壁が整備されました。しかし、360年頃には町は衰退し始め、410年にローマはブリテンから完全に撤退しました。エクセターは928年までほとんど人が住んでおらず、再び入植者が戻ってきました。
要塞の位置
要塞がバスステーションとどのように位置しているかは現在も調査中です。エクセター市議会のアンドリュー・パイ氏は、この発見が「戦時の空襲や現代のコンクリート基礎など、思いがけない場所にまだ歴史が残っていること」を示すと述べています。
継続的な研究
考古学者は現場の掘削と出土品の研究を続けています。この要塞の発見は、エクセターとその地域におけるローマ占領に新たな光を当て、駐屯していた兵士たちの生活について貴重な知見を提供すると期待されています。
